習字練習は手本を眺めて上達?

プログラミング教育で、急ぎ進で来たたことを現在振り返り、Java Script のオンライン教材を改善し、仕上げてています。ネットで文部科学省やそれを受けた文章を読んで考察もしています。需要にあったことをしたいと考える一方で、あまりに焦点はずれの官公庁指導にあきれることもあります。

理解できないのは

『プログラミング思考を身に着ける』

という点です。それに基づきコンピューターを使わないで、紙の上でプログラミングに似たことをやろうと教材を販売している会社まで出現。文科省では

『コーディングを教えるものではない。』

とコンピューターが普及始めたころのことや黎明期のことを知らないで公的に発言する文科学省官僚。コーディングがどういうものが調べないで公文書を書くのだからたいへんなことです。順を追いまして、まずマシンを使わないでプログラミング思考が学べるという公的発言とそのう飲み会社。

これは習字で字を書かないで、先生が書いたお手本を眺めていれば、字がうまくなると言っていることになります。みなさんあきれて笑いますね。

これを言うのはプログラミングを知らない官僚。メーカーの1日セミナーなどでプログラムを組んでみて、もうプログラミングを経験したと思っているひとです。それから東大・京大出などのものすごく頭がいいひと。

頭の中でシミュレーションしたことが実際にできてしまう特別なひとです。それなら紙で解いいていたことがマシンを使ってその通りに動くことがあるかも知れません。

習字の例の他に歴史的事実を挙げれば、海図を広げて船の模型を置き、シミュレーションをして勝てると思う海洋戦術。ミッドウエー海戦はそのようにして勝てると思い、アメリカの空母を誘き出して壊滅させる作戦でした。その結果は日本海軍の空母4隻をことごとく沈められて、敗戦へ向かって転げ落ち始めました。

古過ぎる話と思うなら、10数年前、文部科学省が実行した”ゆとり教育”。ちょうどPTA役員だった私はご父兄を集めた、ゆとり教育で子供をどう過ごさせるかの話し合いをしました。

「地域のお年寄りを呼んで、地域であったいろんな昔の話を聴く。」

といったこともありましたが、そんなことがされた話は聞いたことがありません。私の予測は漫画とゲームざんまい。私の次男もまさにそのとおりで、家は漫画とゲームの山でした。

その間韓国では日本の団塊の世代の受験勉強のように睡眠時間を削って勉強に打ち込んでいたのでした。そしていくつもの企業が日本を追い抜きました。

文部科学省は後からあわててゆとり教育をもとにもどし、国家の大変な損失を出して、責任を取ろうとしません。

ほんとうに子供たちのこと、次世代の日本のことを考えるご父兄は、文科省の言うことに対して、ほかの意見や事実によく目を向けて考えることが必要です。整理しますと、コーディングという意味をコンピューター普及の経緯からきちんと調べず、あいまいに言っている。誤ったことを必要がないと公表している。錯誤というのでしょうか。通のひとは、紙を眺めたり、数学を筆山で解くようなことをしていて、プログラミング思考はつちかわれないのです。

特に②は、いま私はプログラミング教材を制作するのに、プログラム文を打ち込んで、作動させ確認しながら先に進みながらはっきりとわかります。

私が紙の上で、頭脳だけでプログラムの稼働をシミュレーションしていて、小中学生の良い指導教材ができるはずがないのを実感します。

私も若い時、現役の時ほどの鋭さはありませんからエラーが発生し、探し・修正しながら、

「生徒もここは間違うのではないか。」

と感じて説明を詳しくしたりします。」紙の上ではそんなことはまったくわかりません。知らないひと達が、知らない有識者を集めてつくった教育指針は、親が子供世代のために十分考えていただきたいと思います。